都会の喧騒とは異なる田舎の空気。
私はその中で母の日常を想像していた。彼女はいつも家のことに追われ、人混みの多い場所に足を運ぶことはなかった。私が東京に単身赴任してからも、母は田舎の生活を続けていた。
私と母、距離を置いて暮らしている中でも、絆は変わらなかった。時折、私は母に「東京に来てみないか?」と声をかけた。しかし、母はいつも「人ごみは得意じゃない」と断っていた。
ある日、突如として母の命は終わった。脳梗塞。突然の出来事に、心は混乱し、悲しみにくれた。
遺品整理の中で、私はあるガイドブックを見つけた。それは、東京のガイドブックだった。
驚くべきことに、その本には多くの場所が赤鉛筆で線引きされていた。浅草、皇居などの観光名所が際立っていた。
そして、その中には私の好きな焼肉屋なども印がつけられていた。さらには、いくつかの場所の隣には私の名前が記されていた。
父にそのことを伝えると、彼は涙ながらに語った。「行きたかったんだけど嫁の方ががいいだろうって我慢してたんだそうだ。お前が誘ってくれるのを待っていたんだ。」
それを知った瞬間、私の胸は痛みを伴う感情でいっぱいになった。
どれだけ母が東京で私と一緒に過ごすことを夢見ていたのか、そのガイドブックには彼女の深い愛情が詰まっていた。
私は、その愛情に気付くのが遅すぎたことを悔やんだ。母の死に顔を見た時、葬式の時よりも、この時の涙は止まらなかった。
今も、母のこの気持ちをもっと早く知っていたらと、後悔の念は消えない。
しかし、その後悔を胸に刻みながら、私は母の愛をいつまでも大切にしていくことを誓った。