大学が決まり、一人暮らしを始める前日の日の事。
親父が時計をくれた。
金ピカの趣味の悪そうな時計だった。
「金に困ったら質に入れろ。多少、金にはなるだろうから」
そう言っていた。
※
二年生のある日、ギャンブルに嵌まり家賃が払えなくなった。
途方に暮れていた時にハッと気が付き、親父の時計を質に持って行った。
紛れもない偽物である事が判明した。
すぐ親父に電話をした。
俺「おい!子供に偽物を掴ませんなよ!」
親父「なっ、アテになんねーだろ、人のゆう事なんざ。
困った時にこそ裏切られるんだよ。最後の頼みの綱になー。
がはははは!これが俺の教育だよ。
で、いくら必要なんだ? 金に困ったんだろ?」
俺「…呆れるわ。12万円貸してください…」
親父「明日、振り込むから。
何があったのかは聞かない。金が無い理由は親に言えない事が多いわな!
がはははは!女にでも嵌ったか? このバカ息子が!!ははは!!」
正直、心底ムカついたが、親父の声は俺を安心させてくれた。
今思うと、小さな会社だが経営者らしい教育だったのかなと思う。
※
そんな親父も去年の夏、癌で死んだ。
往年の面影も消え、ガリガリになった親父がまた時計をくれた。
まだ箱に入った、買ったばかりの時計だった。
必死で笑顔を作りながら言った。
親父「金に…困ったら、質にでも…入れろや…!」
オメガのシーマスターだった。奇しくもその日は俺の誕生日だった。
俺「親父の時計はアテになんねーから、質には入れないよ」
二人で笑った三日後、親父は死んだ…。
親父が死んだ今も、メッキが剥げた金ピカの時計は、まだ時を刻んでいる。