私が4歳の時、父と母は離婚した。
当時は祖父母と同居していたため、父が私を引き取った。
母は出て行く日に私を実家へ連れて行った。
家具や荷物が沢山置いてあって、叔母の結婚の時と同じだったので
「わぁ、嫁入り道具みたいだねー」
と嬉しそうに言ったのを憶えている。
家に戻ると、母はドアの所で
「おばあちゃん家にまた行かなきゃいけないの」
そう言った。
「いつ帰って来るの?」
と聞くと、困った顔をして少し黙り
「日曜日かな?」
と答えた。
私はその言葉を疑いもせず、笑顔で手を振って送り出した。
日曜日がいつかも知らなかった。
※
それから私は祖母に日曜日がいつかを聞いては、玄関で待つ日々が続いた。
何度か繰り返したある日、母以外の家族全員が揃う夕食の時間に私は聞いてみた。
「あのね、ママが帰ってくる日曜日って、いつだか知ってる?」
食卓が凍り付いた。それまでの笑顔が全く消えて、皆が押し黙って目を伏せた。
「私、うっかり聞くのを忘れちゃったのよー」
と笑いかけたが、誰一人笑ってはくれなかった。
※
それ以来、私はママの話は絶対にしないようにして…もう30年が経つ。結婚式にもママを呼ぼうとはしなかった。
今では1歳の娘と5歳の息子が居る。
先日、5歳の息子が
「ねぇ、妹と僕を産んだのはお母さんだよね?」
と聞いてきた。
「パパを産んだのは、ばぁばだよね? ママを産んだのは誰?」
「おばあちゃんよ、でもどこに居るか分かんないから会えないのよ」
「僕、会いたいなぁ」
「どうして?」
そこまでは平気な受け答えだった。
「ママを産んでくれてありがとうって言わなきゃ!」
私は『うん、会いたいねぇ』と言うはずだったのに、涙が止まらなくなってしまった。
ずっとずっと封印して来た言葉。
育てられないなら産まなきゃ良いのにと思ったこともあった。
ありがとう息子。私はやっと素直になれそうだ。