
あれは、今から一年半前。
大学3年になったばかりの春のことでした。
授業が終わり、帰り支度をしていると、携帯が鳴りました。
画面に表示されたのは、彼の親友からの着信。
「珍しいな」と思いながら、電話に出ました。
すると、その人は少し沈んだ声で、こう言いました。
「○○さん(私)、落ち着いて聞いて。
△△が……事故に遭ったんだ」
あまりに突然で、まったく予想もしていなかった言葉に、私は固まりました。
「彼は? どうなの? 無事なの?」
必死に問いかける私に、電話の向こうは一瞬黙り込んだあと、搾り出すように続けました。
「……即死だって……!!」
頭が真っ白になりました。
聞きたくなかった、最悪の言葉。
信じたくなくて、ただ何度も繰り返すしかありませんでした。
「嘘でしょ? ねぇ、△△が……そんな、嘘だよね??」
何をどう話したか、電話の後のことはほとんど覚えていません。
ただ、私の異変に気づいた友人が代わってくれて、そのまま病院へと連れて行ってくれたことだけは、今でも覚えています。
※
彼と“最後に会った”のは、告別式の日でした。
黒いスーツを着て、焼香をあげても、
彼がこの世にいないという実感は湧きませんでした。
周りの人が声をあげて泣いている中で、私は一滴の涙も出なかったのです。
出棺の直前、棺に花を入れるために近づきました。
そこには、もう息をしていない彼の姿がありました。
まるで眠っているように、綺麗な顔をしていました。
それでもまだ、「死んだ」という現実は、どこか遠いものでした。
※
けれど、その時が来ました。
棺の蓋が閉じられ、杭が打ち込まれ、
何人もの手によって、彼の体は霊柩車へと運ばれていきました。
その瞬間でした。
私の中に、押し殺していた現実が突き刺さったのです。
「いやだ! △△!! どこに行っちゃうの!?
行かないで!! やめて!! △△!!」
涙と叫びが止まらず、
霊柩車を追いかけようとして友人たちに抱き止められました。
気がつけば、私はその場で泣き崩れていました。
※
それからの私は、抜け殻のような日々を送りました。
学校へは毎日通い、授業も受け、アルバイトにも行きました。
でも、心は空っぽでした。
ただ生きているだけの、魂の抜けた日々。
夜になると彼の写真や思い出の品を眺め、
何もできないまま、ひとり涙を流していました。
周囲は心配し、両親も友人たちも、何度も励ましの言葉をかけてくれました。
けれど、そのすべてが虚しく響くだけでした。
「死んで、彼のもとへ行きたい」
本気で、そう思っていたこともあります。
※
そんな私に転機が訪れたのは、彼の一周忌でした。
最初に連絡をくれた彼の親友と一緒に、お墓参りへ向かいました。
そこで、偶然にも彼のご両親と再会しました。
彼のお母さんは、告別式で一度しか会っていなかった私の顔を覚えていてくれました。
そして、優しい声で話しかけてくれたのです。
「あの子を好きになってくれて、ありがとう。
あなたとお付き合いできて、きっとあの子も幸せだったと思うわ」
そう言って、静かに微笑みました。
「でもね……もうあの子は、この世にいないの。
あの子があなたを幸せにしてあげることは、もうできないの。
だから、どうかあの子のことは、心の中にしまって。
あなたはあなたの道を、幸せに生きてほしい。
あなたが悲しみ続けていたら、あの子が悲しむから……」
その言葉に、私は堰を切ったように号泣しました。
お母さんは私を抱きしめながら、
「ありがとう」「ありがとう」と何度も繰り返し、背中をさすってくれました。
※
その瞬間、私の中で何かが変わりました。
彼を失っても、私は生きていかなければならない。
悲しんでばかりでは、彼を困らせてしまう。
彼が何より好きだった「元気な私」に戻りたい。
そう思うようになりました。
少しずつ、ゆっくりと――
私は前を向けるようになったのです。
※
あれから一年半。
私は、なんとかやっています。
時々、どうしようもない喪失感に襲われることもあるけれど、
彼の分まで、笑って、前を向いて歩いていきたい。
それが、私にできるたった一つの、彼への恩返しだから。