サイトアイコン 泣ける話や感動の実話、号泣するストーリーまとめ – ラクリマ

23年間のリセット

夫婦の手(フリー写真)

俺と嫁は、高校の時からの付き合いだった。

付き合った切っ掛けは、同じ委員会に所属したこと。

高校の文化祭で、俺と嫁は同じ仕事をした。

準備から事後まで、約一ヶ月間同じ作業をして、いつの間にか俺が嫁に惚れ、告白して付き合った。

付き合ってから、俺と嫁はずっと一緒だった。

昼休みも、放課後も、休みの日もずっと一緒だった。

それが自然だったし、何よりも幸せだった。

もちろん嫁も毎日笑っていたし、幸せだと言っていた。

高校を卒業して、俺と嫁は就職した。

就職して一年後、仕事にも慣れた頃、俺は嫁にプロポーズした。

嫁は泣きながら喜び、頷いてくれた。

そして両親への挨拶をした。

と言っても、既に俺達は家族ぐるみの付き合いをしていた。

何しろ高校の時から付き合っていたし、俺の両親は嫁に、嫁の両親は俺に、本当に良くしてくれた。

だから結婚することをそれぞれの両親に言った時も、

「ようやくか!」

と言った感じで祝福してくれた。

そして俺達は、夫婦になった。

当時、それぞれ19歳だった。

結婚してからは本当に幸せだった。

色々な所へ行ったし、色々な思い出を作った。

家でも一緒に料理をしたり、買い物に行ったりした。

子供は中々出来なかったけど、一年後には長男を授かった。

二人で一生懸命名前を考えて、俺は嫁と息子を一生かけて幸せにしようと心に決めた。

嫁は息子を授かって退職した。

家で俺が帰って来るのを待ちたいと言っていた。

家のことは自分が守るからと、仕事に向かう俺を励ましてくれた。

俺はその時、嫁と結婚したことを心から幸運に思った。

こんなにも自分のことを考えてくれていることに感謝した。

それから、俺は仕事に没頭した。

自分で言うのも何だが、俺は会社ではかなり仕事が出来る方だったと自負している。

若かったけど、会社の企画を任されたりもした。

会社でも信用は高かったし、色々な人が俺をサポートしてくれた。

だから、俺もそれに応えようと必死に頑張った。

おかげで仕事は凄まじく忙しかった。

出張、残業は当たり前。

休みでも急な呼び出しがあればすぐに出て行った。

もちろんその分、給料はかなり良かった。

でも、俺は家に帰って寝て、朝また仕事に向かうだけの毎日だった。

そしていつしか、俺と嫁は会話をしなくなった。

家に居るのは本当に僅かだったし、俺は家ではクタクタになって眠ることが多かった。

嫁はそんな俺を色々サポートしてくれた。

けど、やはり話す時間は殆ど無く、家はいつも暗かった。

それから数年後、ある休みの日、俺は荷物の整理をしていて、結婚式の写真を久しぶりに見た。

思えばこの時、最後にマイクで大声で

「一生幸せにします!!」

なんて恥ずかしいことを叫んだな…と思い出し笑いをした。

その時、ふと我に返って家の中を見てみた。

綺麗に片付いている部屋。

だけど、そこは家庭ではなかった。

友達と遊びに行き、俺が休みなのに顔も合わせない息子。

まるで俺から逃げるかのように家事をし、終われば何も言わずに買い物に出掛ける嫁。

もう、色々グチャグチャだった。

考えてみればその時、嫁とは夜の営みも一切無かった。

これは本当に自分が思い描いた家庭なのか。

これで一生幸せにしていると言うのか。

そんな想いが込み上げて来た。

次の仕事の日、俺は会社の上司に転属願を出した。

そこはそれまでの部署から比べると、給料は圧倒的に低い所だった。

しかしその分、残業や出張が少ない部署だった。

上司からは止められたが、俺はそれを押し切って、その部署に異動させてもらった。

そして異動が決まった日、いつもより早く家に帰った。

息子は俺の実家に泊まりに行かせていた。

俺が早く帰って来たことに、嫁は驚いていた。

そんな嫁にシャンパンを買い、久々に二人きりでゆっくりとした食事をしようと思っていた。

しかし、いざ嫁と食事をしてみたものの、既に数年間ろくに会話もしていない関係だった。

いきなりスラスラと話すことは出来なかった。

重い沈黙の中、俺と嫁は黙々と目の前のご飯を食べた。

その重苦しい空気が、その時の俺と嫁の関係を物語っているような気がした。

でも、それじゃダメだと自分を奮い立たせた。

そして、嫁に部署が異動したことを告げた。

最初は嫁もふーん程度の反応で、一切興味を示していなかった。

それどころか、俺と目を合わせようとしていなかった。

その時、多分俺はただの同居人として捉えられていたのかもしれない。

それでも俺は話した。

そして、これまでの自分を謝罪した。

・これまで、自分は家族を蔑ろにし過ぎた。

・家族のためと思い働いていたけど、それは自分の自己満足だった。

・お前と息子には、本当に寂しい思いをさせてしまった。

・これからは家に居る時間を増やして、これまで過ごすはずだった家族としての時間を増やして行く。

・だからもう一度、俺を家族として、夫として認めて欲しい。

そう言った後、嫁はポカンとしていた。

かと思えば、その場で箸を持ったまま泣き出した。

それから俺は出来るだけ早く会社を退社し、家に直行するようになった。

最初の方は、俺が早く帰ると家の生活サイクルが狂うようで、何だか嫁の方が色々と慌てていた。

もちろん息子は動揺していた。

それでも、暫くすると俺が家に居る生活にも慣れ始めた。

そして、俺の家には笑い声が増えて行った。

顔を合わせなかった息子は、今日学校で何があったか俺に楽しそうに話し、嫁はテレビでこんな話を聞いたと自慢げに語って来た。

俺はそれが嬉しくて、笑顔で話を聞いた。

嫁と寝室で寝る時、嫁に言った。

「これからは、嫁を本当の意味で幸せにする。愛してるよ」

嫁は泣きながら、私も愛してると返した。

そして、俺と嫁は息子に気付かれないように注意しながら、毎晩のように愛し合った。

こうして俺の家族は、何とか持ち直した。

そんな時、嫁が買い物に行った後、家で荷物整理をしていた時、とあるスケジュール帳を見つけた。

見たことがなかったものだったから、パラパラと中を捲ってみた。

嫁の字で色々書かれていて、それは嫁のスケジュール帳だと分かった。

そしてその中に、とある単語が日付の横に書かれていた。

ハートで囲まれた、Kという文字。

それが、週に数回程書かれていた。

それはちょうど、俺が仕事に没頭していた時期。

俺は、瞬時に理解した。

嫁が、不倫をしていたことを。

俺は怒り狂った。

嫁が帰って来てから、問い詰めようと思った。

だけど、考えてみれば俺が嫁を寂しくさせていたことは事実だったし、当時は嫁との夜の生活は全く無かった。

寂しさのあまり他の男に走るのも、仕方がないのかもしれない。

そんな風に思えて来た。

そしてスケジュール帳は何冊もあったが、ある日を境にKという文字は書かれなくなっていた。

それは、ちょうど俺が異動した時期。

その月のスケジュール帳には、途中までKという文字が書かれていたが、途中からはKに×印が付けられ、それ以降Kという文字は書かれていなかった。

だから俺は、それを密かに元の場所に戻した。

そして、見なかったことにした。

もちろん完全に忘れることは出来なかった。

それから、俺は暫くEDとなった。

その時、嫁とは毎晩関係があったから、嫁は凄く心配していた。

俺は仕事で疲れてるだけだからと説明した。

嫁は、俺の体を色々と気遣い始めた。

過去の不倫を知られているとは、夢にも思わなかったようだ。

俺は必死に忘れようとした。

だけど、どうしても嫁の体を見ると思い出してしまった。

その度に心がざわつき、途中吐いてしまうこともあった。

地獄のような日々だった。

それでも、暫くしたら徐々に落ち着き、EDも直った。

そして俺は、それを墓場まで持って行こうと思った。

それから月日が流れ、息子が高校を卒業した後、公務員試験に合格した。

それは他県の公務員であり、それを期に一人暮らしをすることになった。

引っ越しも終わり、最後に豪勢な食事をして息子を見送った。

その日の夜、家は久しぶりに俺と嫁だけになった。

「何だか寂しくなったね」

と嫁は言った。

「そうだね」

と俺は返した。

そして、嫁に言った。

息子も一人立ちをした。

これまでの人生は、君のおかげで素晴らしいものだった。

一度忘れていた家族の大切さも、君のおかげで思い出すことができた。

自分にとって、君はかけがえのない大切な人だ。

本当に愛しているよ。

そしたら、嫁は泣き始めた。

俺は嫁の体をさすり、なだめようとした。

でも嫁は、その場で急に土下座するように座ってしまった。

そして、

「私に、あなたからそんなことを言われる資格はない」

と言い出した。

俺はその時、嫌な予感がした。

嫁に止めるように言おうとしたが、その前に嫁が言った。

「私は、過去にあなたを裏切り不倫をしました」

聞きたくない言葉だった。

思い出したくもないことだった。

でも、嫁は自ら話し出した。

・不倫は、前の職場の上司だったこと。

・向こうは遊びのようだったが、自分は本気で相手に惚れ込んでいたこと。

・あなたと離婚して、相手と添い遂げようとまで思っていたこと。

・しかし、あなたが異動を期に変わり、忘れていたあなたへの想いが溢れ、その人物と別れたこと。

・本当は言うつもりだったが、あまりに幸せな日々だったため、それが失われるのが怖くて言えなかったこと。

・言えないことで、ずっと罪悪感を抱えていたこと。

嫁は泣きながら言っていた。

そして、ずっと言えなかったことを謝罪した。

でも俺は知っていた。

だから泣きながら謝る嫁に、

「知ってたよ」

と言った。

嫁は驚いた顔になったが、俺は

「全部知ってた」

とだけ言った。

そしたら、嫁は更に泣き始めた。

そして暫く、家の中は嫁の泣き声だけになった。

それから俺と嫁は話し合った。

これからどうして行くのか。

これからどうすべきなのか。

話し合った結果、俺と嫁は離婚することになった。

もちろん俺の本意ではない。

ただ、ここまで話した嫁の覚悟を考えれば、一度きちんとしたけじめをつける必要があると思った。

両親には相談しなかった。

すれば反対されただろうから、事後報告することにした。

次の日の夜、用意した離婚届をテーブルの上に出した。

まずは俺が名前を書くことにした。

そしたら、これまでの嫁との生活が走馬灯のように頭を過った。

高校の時、照れながら告白したこと。

卒業式の日に、同級生にからかわれながら写真を撮ったこと。

就職祝いを一緒にしたこと。

プロポーズの時に噛んでしまったこと。

披露宴の翌日に行った新婚旅行で、二日酔いでダウンしていたこと。

妊娠したことを知り、家で飛び跳ねて喜んだこと。

名前を考える時、二人で姓名判断の本を見ながら決めたこと。

嫁が出産をした時に、我が子を抱きかかえた時のこと。

色々な思い出が頭をめぐり、目からは涙が溢れて来た。

俺と嫁は、泣きながら離婚届に名前を書いた。

二人の字は奮えていた。

そして翌日、一緒に市役所に提出した。

こうして俺と嫁の23年間は終わった。

それぞれの実家に話した時はかなり揉めたが、最後には理解してくれた。

息子にも電話で言った。

息子は、

「子供じゃないんだから、二人で決めたことに口出しするつもりはないよ」

と言っていた。

そして今は、俺は一人になった家で生活していて…いや、嫁は、じゃないな。

元嫁は、アパートを借りて暮らしている。

しかし、一度離婚して、意外にも色々とスッキリした面があった。

俺も心に抱えていたものが、こうして筋を通すことで、消えてしまったのかもしれない。

離婚したと言っても、元嫁とは連絡を取っている。

と言うより、偶に元嫁が家に来て、ご飯を作ったり掃除したりして帰っている。

何だか昔に戻ったような新鮮な気分だ。

今度、元嫁と出掛ける予定だ。

再婚するかは分からない。

でも俺と嫁の23年間は一度リセットされたから、もしかしたら今が新しい一年目なのかもしれない。

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